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妻が、入院して数日。

ようやく会話できるようになってきた頃。


「パパには言うなって言われてるけれど

 お姉ちゃん、初潮をむかえたんだよ

 もう4月のことだからずいぶん前だけど」


ママは本人に言うなって言うけれど、

僕はもう、ずっとずっと前から心に決めていたのだ。



その夜、娘と二人っきりで話をした。


******

お姉ちゃん、今日病院にいってね、

ママの出血はやはりかなり多かったようで、

先生が言うには、男性だったら死んでいただろうって。


それはどういう意味かわかるか?

 女性の体は強くできている。女性の心は強くできている。

 ということなんだ。


なぜかわかるか?

 女性には、それだけ大きな役割があるからなんだ。


出産はもちろん、ママのような症状も決して特別なことではなく、

女性には誰にでも起こりうること、それ以外にもたくさん

男性には考えられない、苦難を乗り切らなければならない可能性がある。

そういうことだ。


そしてお姉ちゃん、こんな話はするのいやかもしれないけれど、

パパは、娘ができたときから決めていたことなので、

このことは必ず言うと決めていたことなので、

言わせてもらうよ。


ママから初潮がきたときいたよ。




 おめでとう。




ずいぶん日にちがたってしまっているようだし、

本当はちゃんとお祝いすべきことだと思っている。

パパも、ママも、お前が人として女性としてひとつの大きな成長を迎えたことを

本当にうれしく思っているんだよ。



そして、おまえ自身はよく考えてほしい。

さっき話したように、おまえは、ママと同じ女性として

大きな、宿命というか、役割を持っていること。

もちろん、子供を生むのか、結婚するのか、

それは知らないけれど、自分の人生だから。

だけれども、ママのような立派な女性になってください。


そのために、自分自身を粗末にしない。無駄にしない。

大切に、大切に、よく考えて人生を生きてください。



以上。






******




僕は、涙をこらえながら話をしていた。

なぜ、涙が溢れそうだったのだろう。



娘はボロボロと涙を零しながら聞いていた。

彼女の感受性には、何か響いたようで安心した。








これまでの、娘よ さようなら。



ありがとう。





























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14歳の春

41歳の春をむかえ、感慨にふける父の傍らで、

長女は、14歳の春を迎えた。



14歳とは世間で、色々と起点の年齢といわれているようだが、

自分自身でも、本当にそう思う。

体と心がともに大きく成長するときだ。

その方向次第で、大きく人生が変る。

何が正しいのかは、彼女の中にあることで、

それは口出しはしないが、

自分で、しっかり舵取りをして、目指す方向へと、歩んでほしい。



僕にとっては14歳で、ギターに出会い、

仕事に関わるほどには、一度たりともならなかったが、

その後の人生において、常に自分のよりどころとなった。

この後もそうだろう。


娘も、人生とおしての

付き合いになるようなものを見つけてほしい。

また、、

またも出張中に、ママからメール。
長女とけんかしてるらしい..

またかよ。


よくわからないけんかのようだけれど、
仕事中移動中ということもあり、
頭に血が上って、両方をこっぴどくしかった。


かえって事情を聞くと、
ママの 長女とその他男達に対する態度が違うことに
長女が不満のようだ。

自分ばかり厳しいと。。


いつも言ってるでしょ、お姉ちゃんやめなさい。




電話で、物凄く怒っていたため、
帰るなり怯えてないていた。

「あのね、はっきりいって、
 そこにいる男どもより、お姉ちゃんが一番かわいいの。
 ママもパパも、お姉ちゃんが一番かわいいの!」

と、息子どものいる前で言ってやった。


だって、ほんとなんだもん。


ブログの記事の数でも明らかだ。





頼むよ、
今日は名古屋、明日は姫路、あさって明石、その次東京。

ずっと家空けるんだから...

続きを読む

マネー

長女の机の前の壁に、バン!とはってある。

日ごろからお金にはせこいけど、
それぐらいがいいのかもしれない。
しっかりした人になるには。

ママと違って。


生まれたとき

小2の双子たちが
「生まれたときのことについて教えてください」というプリントをもって帰ってきた。

せいかつ の授業で使うらしい。


どんな気持ちでしたか?
大変だったことは?
名前の由来。

などなど、、


その中のひとつに、
「兄弟がいる場合は、兄弟の様子を教えてください」
というものがあった。

双子が生まれたときといえば当然長女しかいないのだが、
そのときの長女のことといえば...

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
双子だったこともあって、帝王切開が決まっており、
産前は2週間前から入院となった。
その間、長女(3歳)は前半は僕の実家へと預けられた。
病院には、数度つれて来たが、やはり帰り際ぐずる、
大きくぐずったある日から、つれて来ないようにした。
(引き裂かれるような姿がかわいそうだったのだ)

ようやく生まれた双子は、双子としては十分な大きさなのだろう
2500gと2800g。
それでも、小さな長男のほうは数日保育器に入っていた。

産後は、娘は妻の実家へと回された。
退院後、妻が赤ちゃんたちを連れて実家に戻る予定になっていたためだ。
産後といっても、娘には関係ない。
病院に来ることも無かったので、ただ単に居場所が変わっただけだ。
妻の実家にいってからは、少し離れていることもあり、結局一度もつれて来ずじまい。

ただ、妻の実家には近くに妻の妹がすんでおり、そこに同い年のいとこがいたので、
ずいぶん気がまぎれ楽しくしているようで、
それをきいてほっと安心した。

かれこれ産後も2週間の入院となって、いよいよ退院。
妻と僕、それぞれ一人ずつ抱えて妻の実家へ。
家族が集まった、狭い家へようやく着いた。
ガラガラと引き戸をあけて、「ただいま!」と声をかける。
奥の居間の襖が開き、狭い玄関に向かう、これまた狭く暗い廊下を、
「おかえり~!」と叫びながら、小さな影が走りよってくる。

小さな娘が走る、その狭く短い廊下がずいぶん長く感じた。
娘の体のせいなのか、長く離れていたからなのか。

我々夫婦とも、それまで1日たりとも長女とはなれて過ごした日は無かったのだ。
改めてこの4週間の長さを思い知らされた。
それをこの子は、どんな長さと感じたろう。
もしかすると、終わりの無い永遠と感じたかもしれない。

その、永遠の断絶を飛び越えるように走ってきた。 ように見えた。

一歩一歩、足を進めるにつれ、満面の笑顔が、
スローモーションの一コマ一コマのように、崩れていくのがわかった。

それは「おかえり」の言葉が言い終わる間、短い廊下を駆けわたる数歩の間
ほんの数秒のことだ。


僕らの手に届いたときには、
顔中くしゃくしゃになりながら、鼻水とといっぱいの涙を流していた。

思わず、赤ちゃんを放り投げ(はしなかったが、すぐに誰かに預け)
娘を強く強く抱きしめて、僕も一緒に鼻水とといっぱいの涙を流した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



なぁ....。

と、妻と娘に話すと。

二人顔を合わせて、
 「そやったっけ?」
 「知らん!」




そうかい、そうかい!
この話は僕だけの宝物にしておくよ。


そういえばあの時、走りよる娘と、抱きしめる僕がおいおい涙を流しているのに、
妻は、「なに泣いてんの」と、満面の笑顔で涙一つこぼさずいたので、

女は、母は強いな、と思ったものだった。


しかも僕は、
その後 娘がすっかり涙を乾かせ、赤ちゃんをあやしている横で、
一時間も泣き続けていたのだ、

改めて、男は、父は弱いなと思うのだった。





***

いや、ほんとにあの脳裏に鮮明な映像、
今、思い出しても涙が出るんだよ、ママ。

あの感動を体感させてもらえたことで、
親となれたありがたみを十分に得られて、
これからどんな悩ましい問題を持ち込もうが、
お釣りを返せる、 と思ったものだ。


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